147 男爵令嬢とインク壷
バルボフ (クリストファー・コロンブスを示しながら)クリストファー・コロンブス。
コロンブス (バルボフを示しながら)バルボフ。
バルボフ もし私の受けた教育にご興味がおありなら、私言いますよ、言ってもいいですよ。
コロンブス ええ、ええ、どうぞおっしゃってください。
バルボフ じゃ言いますよ。何を隠すことがあるもんか。
コロンブス それはそれは、面白いですなあ!
バルボフ では言っちゃいましょう。私の受けた教育はどんなもんか?孤児院式ですよ。
コロンブス 孤児院式。
バルボフ そら、言っちゃいかんのでしょう。
コロンブス いえ、どうぞ、どうぞ。
バルボフ 親父が私を孤児院へ送りましてね。あー。(口を開けっぱなし。クリストファーは固まってバルボフの口をじっと見つめる)。
バルボフ ちなみにね、わたしゃ物売りですよ(クリストファーはとびのく)。
コロンブス 私、私が面白いといったのは、ただ単に、あなたのその・・・あれをちょっと見てみることであって・・・む、む・・・。
バルボフ そうでございますねえ。私は孤児院で学び、男爵令嬢とインク壷に惚れましてね。
コロンブス まさか、惚れただなんて!
バルボフ うるさいな。惚れたんだよ!
コロンボ 奇跡ですなあ。
バルボフ そう、奇跡ですな。
コロンボ おかしなこともあるもので。
バルボフ そう、おかしなことで。
コロンボ どうぞ、お話しください!
バルボフ もしあんたね、クリストファー・コロンブス、まだなんか言うなら・・・
舞台はすばやく転換する。
バルボフがすわってスープを飲んでいる。
ブラウスを身に着け、傘をもった妻があらわれる。
バルボフ お前、どこへ?
妻 あっち。
バルボフ あっちとはどっちだ?
妻 ほら、あっちよ。
バルボフ あっちか、それともあっちか?
妻 ちがうわよ、あっちじゃなくて、あっちよ。
バルボフ それで?
妻 それでって?
バルボフ どこ行くんだよ?
妻 私、男爵令嬢とインク壷が好きになっちゃった。
バルボフ そりゃ良かったな。
妻 それは良かったんだけど、だけどほら、クリストファー・コロンブスがうちの女中に自転車を突っ込んだでしょう。
バルボフ きゃわいしょうなチョチュウ。
妻 かわいそうに彼女、台所に座って田舎に手紙を書いてるんだけど、自転車は彼女から垂れ下がったままなのよ。
バルボフ うん、うん。事件ちゃそういうもんだ。1887年に、おれらの孤児院でもやっぱりあったのを憶えてるよ。教師がひとりいたんだが、おれたちそいつの顔にテレピン油を塗りたくって台所のテーブルの下に置いといたんだ。
妻 なによ。なんのためにそんな事言い出したのよ?
バルボフ それからまた、こんな事件があってな。
ソーセージ野郎が入ってくる。
1930年1月11日―30日